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バタフライ、実は平泳ぎだった?4泳法が生まれた歴史

◆全員自由形時代

競泳という競技がオリンピックに登場したのは1896年のことです。

この当時は今のように4泳法(クロール、平泳ぎ、バタフライ、背泳ぎ)という概念がなく、全員が言葉通りの自由形でした。

「じゃあ、みんながクロールだったんだね」

と思ってしまう人もいるかもしれませんが、この自由形というのは平泳ぎ(水に顔をつけない、顔出し)で泳いでいたといいます。

基本的にこの泳ぎ方しかなかったのです。


◆背泳の登場で2泳法時代に

自由形(当時は背泳ぎ主流?)、平泳ぎ

最初に平泳ぎ以外の泳法が増えたのは、背泳ぎでした。

左右非対称の現在のクロールの原型は南アメリカやオセアニアで使われていた泳法と言われており、

その泳法をアーサー・トラジオンという選手が、1873年に公式の場で実践したといわれています。

継続的に効率よく泳げる背泳ぎに記録的な優位性が生まれることで、自由形の主役は背泳ぎに変わっていったといいます。この結果、自由形から平泳ぎを独立させました。

自由形(背泳ぎ?)と平泳ぎの2泳法時代です。


◆クロールの登場で3泳法時代に

自由形(クロール)、平泳ぎ、背泳ぎ

その背泳ぎを競技として独立させた直後に自由形で泳ぐ選手が増えたのは、今でいうクロールに近い泳ぎ方です。

この時代はまだ顔を出した泳ぎが主流だったようですが、今でも残る最速の泳法という事で、ほとんどの選手がクロールへと変化していきました。

今度は自由形から背泳ぎを独立させました。

自由形(クロール)、背泳ぎ、平泳ぎの3泳法の時代です。


◆バタフライ登場・ついに現代の4泳法時代に

さらに時代は進みます。

バタフライの歴史は1928年(アムステルダム五輪)で衝撃のデビューをしました。

1928年当時はバタフライと言う競技はなく、平泳ぎの競技の中で現代のバタフライに近い泳法のエーリッヒ・ラーデマッヒェル(Erich (“Ete”) Rademacher)選手が現在のバタフライに似た動きで平泳ぎの競技大会に出場し、銀メダルを獲得しました。

今までは自由形からの独立でしたが、今回は平泳ぎという一定のルールがある競技から新しい泳法が登場したのです。

バタフライと平泳ぎは全く別の泳法ではありますが、当時の平泳ぎの規程では左右対称の動きをする事がおおまかな規定だったために、そのルールの中でバタフライという新たな泳法が生まれたのです。

水泳をする方ならご存知のように、バタフライはクロールに次ぐ速さのある競技ですから、当然バタフライの方に優位性がありました。

大会を追うごとに平泳ぎの泳法からバタフライの泳法を取り入れた選手が急増し始め、ルール改訂直前には殆どの選手が平泳ぎ競技では、平泳ぎの泳法ではなくバタフライの泳法を選んでいたといわれています。

その結果として、国際水泳連盟は1956年のメルボルンよりルールの改定を行い、バタフライと言う独自の競技が独立し、今の4泳法が誕生することとなります。

自由形(クロール)、バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ

◆泳法の登場は試行錯誤の歴史がある

次々と新しい泳法が生まれてくるのってなんだかおもしろいですよね。

ですが、この新しい泳法というのは誰かが違反をしたから生まれたわけではありません。

既存のルールの中で出来る最高のパフォーマンスを考えた結果、効率の良い泳ぎ方を見つけ、それを実践した。

その結果、多くの選手がより速く泳ぐために泳法を取り入れてどんどんと改善し、泳法が確立していく。

水泳はもちろん、科学技術でもサービスでも同じような事はよくあります。

レーザーレーサーを始めとする高速水着もまた、その革新でした。

今後の世界では第5の泳法といったものが生まれてくる可能性もあるかもしれませんね。

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